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今夜の番組チェック


このページは、リーダー・航介の独断と偏見の情報を元に
サークルの裏話を紹介していくページです。

話数 タイトル 更新日
第1話 かわいいホームページ 00/11/07
第2話 なぜにCDドラマを作る?(前編) 00/11/08
第3話 なぜにCDドラマを作る?(中編) 00/11/11
第4話 なぜにCDドラマを作る?(後編) 00/11/14
第5話 なぜにCDドラマを作る?(完結編) 00/11/21
第6話 なぜにCDドラマを作る?(復活編) 00/12/15
第7話 なぜにCDドラマを作る?(誕生編) 01/01/01
第8話 なぜにCDドラマを作る?(胎動編) 01/01/02
第9話 なぜにCDドラマを作る?(激闘編) 01/05/28
第10話 なぜにCDドラマを作る?(激突編) 02/02/01
第11話 なぜにCDドラマを作る?(新星編) 02/12/31



「かわいいホームページ」の巻
いやぁ、やっとにゅ〜くる〜ずのホームページが完成しました。
どうです?なかなか可愛いHPだと思いませんか?

それもそのはず。
うちのメンバーの女性達が結集して完成した自慢のHPですから。

な〜んて、嘘です。
僕の趣味です。

・・・あ、今引きましたね。

別に趣味って訳でもないんですけんど、(本当か!?)
このピンク色というか赤系みたいなのが好きなんです。
HP全体に赤みがあるとなんだか温かい気持ちになりませんか?
青とか、シルバーもかっこいいんだけど、
やっぱり見ていて落ち着くのは薄い赤系なんですよね。
少なくとも僕の感性では。

ほら、ギャバン(銀)やシャイダー(青)もかっこいいけど、
デザイン的にはシャリバン(赤)が一番かな?っていう気持ちかなぁ。

え?ついて来れない?
失礼しました。

なんだか、裏ネタじゃなくて、
僕個人の世間話になってしまった。

次は、「なぜにCDドラマを作る?」をお送りします。
お楽しみに。


なぜにCDドラマを作る?(前編)

なぜ、CDドラマなのか?

もともと僕は台本というか、物語を作るのが大好きでした。
小学生の頃、物語を絵にしようと思った僕はマンガクラブに入りました。

「ふっふっふ。最高のまんが家になってやる。
最高のな。くっくっく、ふはははは!!」


と、野心を燃やしていた僕は、
早速、長編の大作に挑みました。

が、しかし!

あることに気がついたのです。

「ありゃ?なんだこの下手な絵は・・・」

なんということでしょう!
頭の中にある壮大な物語を絵にするだけの力がなかったのです。

「そ・・・そんなばかな・・・嘘だ・・・嘘に決まっている!」

ひたすらあがきました。
しかし、むなしい努力を続ければ続けるほど
センスと実力の無さという現実の壁に
光の速度で歩き、砕け散るような気分になっていきます。

人生のどん底に落とされたようなショックを受けつづけながら、
まんが家への情熱は少しづつさめていきました・・・

そのとき、僕はもうひとつの道に気付きます。
そう。それは小さい頃から習っていたピアノ。

「僕にはこれがあった。よし、いける!!」

心も一新。さっそく歩きはじめていきました。


素晴らしき音楽という道に。


そして月日はながれ、
中学生になりました。

中学校生活といえばクラブ活動です。
僕はなにも悩むこともなく、

「音楽が好きだからブラスバンドに決まりだ!!」

単純にそう思った僕は
幼なじみのJUN君(現在、にゅ〜くる〜ずのレコーディングエンジニア)に、

「な〜。ブラバン入ろうや〜」

と誘いました。
僕と同じく音楽に興味があったJUN君は快くOKしてくれました。

「ふっふっふ。音楽王に俺達はなる!!」

「あぁ航介。俺達の明日をつかむんだ!」

「そうだ。それが生きるってことさ。」

と話していたかどうかは覚えていませんが、
とにかく音楽への思いは揺るぎないものでした。
ブラスバンドという未知の世界に期待をふくらませ、
見学に行こうと音楽室へと足を運びました。

しかし!!

その道中に運命の出会いが!!

演劇部の部室があったのです。

「こ・・・これは!!」

僕の脳裏にかつて破れ去った夢がよみがえりました。


物語を作るという夢が。


「そうだ・・・絵が描けないのなら、演劇があるじゃないか。」

自分には体もあるし声も出る。
なにも絵で表現しなくたって、自分の体で表現すればいいんじゃないか。

「・・・チャーンス!!」

コレと決めたら、ブレーキがきかないのが僕の行動パターン。
さっそく隣にいたJUN君に、

「じゃ、そういう事で。」

「へ?なにが?」

「演劇王に俺はなる!!」

「・・・え?ええ!?さっきの俺達の誓いは・・・」

「君と僕は同じ世界には存在できないんだ。ゆるしてくれ。JUN君。」

「航介君!僕の気持ちを裏切ったな!!
父さんと同じに僕を裏切ったんだ!!!
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・!!!」


と、話していたかどうかも定かではありませんが、
なにはともあれ、ブラバンに入ろうと誓い合った親友をあっさり裏切り、

(すまん。今でも悪いと思ってるよ・・・本当だって。
あ!!録音データ消さないで〜!!)

ひとり、演劇の世界へと足をふみいれたのです。

・・・つづく。


なぜにCDドラマを作る?(中編)

「CDドラマを作るエピソードのはずなのに、
なぜ航介の昔話を読まなきゃならんのだ??」


と思ったあなた。
まぁそういわずにつづきを読んでくださいな。
これがちゃんとCDドラマ作りの発端に繋がるのですから。

ではつづきを・・・


音楽への道をやめ、演劇部に入部した僕でしたが、
物語を作るというチャンスはなかなか訪れませんでした。

でも、本来の目的以外に、
別の楽しみを見つけ始めたのです。

それは演じるということ。

本来の自分ではなく、別の人格になりきるということ。

「こ・・・これはなんという快感!!これぞスピリチアファーム!!」

意味不明な言葉を発っしながらも
演じる楽しさを噛みしめた僕は
ひたすら演劇に没頭していきました。

3年生になって形だけの部長に任命された時のこと。
中学生活最後の大舞台が近づきました。

中学校演劇連盟主催の演劇祭です。

なぜかこの頃、
JUN君がたまに演劇部へ顔を出していました。

「よっ!航介。遊びにきたぞ〜。もうすぐ演劇祭やなぁ〜。」

「そうだ。すべてはこれからだ。」

などといってると、演劇部の顧問がやってきました。

「お、JUN君やないか。」

「あ、先生ども。」

「君はブラバンに入ってるんやったな。」

「そ〜ですけど。」

「なぜここにいる。」

「え!?あ、いや〜、えっと・・・」

「罰として、君には演劇部の音響を担当していただこうか。」

「・・・・・・・・はぁ?興味はありますけど、ブラバンが・・・」

「そ〜ですよ。JUN君は演劇部員じゃないですよ。」

「そういえば航介部長。君の聞きたがってたアニメのCDがあるんだが・・・」

「JUN君!!
君は我が演劇部の誇りある音響マンになりたいだろう!!」


「おいこら!!アニメのCDなんかで売られてんじゃ・・・はうぅ!!ジタバタ」

そうか!!やってくれるか!!先生。
JUN君が
ぜひ音響を担当したいといっています!」

「ではたのんだぞ。」

「はい!」

「・・・・・なんで俺がこんな目に・・・」

「いや〜、JUN君も大変やね。」

「お前のせいだろ!!!」

(航介:多分こんなやりとりだったとおもうんだけど・・・ちがったか?)
(JUN:脚色つけすぎのよ〜な気が・・・)


まぁ、とにもかくにも
これが音響JUN君の誕生秘話といっていいのではないでしょうか。
少なくとも現在のにゅ〜くる〜ずの基盤である、
演技部門の航介。音響部門のJUN君。
という原型ができたのはこの時からです。

ちなみにこの後演劇祭はどうなったのかというと、
なんと奇跡的に最優秀賞を受賞することができました。
あのときの仲間と顧問に感謝です。


さて、中学を卒業し、僕とJUN君は別々の高校に行くことになります。

さぁ、はたして航介は本来の目的である物語を作ることができたのか?
他のにゅ〜くるメンバーはいつ出会うことができるのか?

次回、「なぜCDドラマを作る?(後編)」お楽しみに!



なぜにCDドラマを作る?(後編)

中学時代。

「物語を作る」という思いを胸に演劇部に入り、
3年生の大舞台を最後に卒業をむかえる。

だが。

この間に、
僕の書く台本が採用されたことは

一度もなかった。

のである。

これでは一体なんの為に演劇部に入ったのか分からない。
僕は悩みになやんだ。

なぜだ・・・一体なぜなんだ!!・・・まいっか。うん。」

実はあまり気にしてなかったりする。
とりあえず演じることを堪能したので気分は良かったのだ。

そして、某工業高校へ入学を果たし、
憧れのコンピュータークラブに入部したのである。

そう。憧れのコンピュータークラブに。




「・・・・・・・・・は?」

とツッコミたくなった方。
疑問はもっともです。

「演劇魂はどうなったんだ??」

え〜、それをこれから説明しますね。

実は中学時代、
いや小学生の頃から
演劇と同じくらい、パソコンにハマっていたのです。

もちろんこの頃は今をときめくWINDOWSなんてものはありません。
NECの98シリーズが全盛だった頃です。

ん?なんだそれは?

分からない方の為に説明いたします。
今のパソコンはいろいろなアプリケーション(ゲームとかワープロソフトとか)
がハードディスクに入っています。
そして「スタート」からクリックするだけで
アプリケーションを開き、楽しむことができます。

しかし、この頃のパソコンは、
なんとフロッピーディスクにアプリケーションが入っていて、
それをパソコンに差込み、電源を入れることで使うことができたのです。

もちろん、アプリケーションを切り替えるときは、
フロッピーディスクを入れ替え、再起動しなくてはいけません。

「え?じゃぁ、ソフトを切り替える時は毎回再起動するの??」

あはは。まさか。

そのまさかです

そうです。毎回あの遅い起動を体験しなければいけません。

パソコンを使っていらっしゃる方なら、
起動するときの遅さは少なからず感じているのではないですか?

それを、毎回アプリケーションが立ち上がるたびに、

「おぉっ・・・感じる・・・!!」

と、感じ続けなければならないのです。
あぁ怖い。

え?ハードディスクにコピーすりゃいいんじゃないかって?

ふっふっふ。

今でこそ30GBのハードディスクが2万円前後で手に入る時代ですが、
この頃はなんと0.02GB(20MB)のハードディスクが、
5万円以上する時代なのです!!

「20MBなんてメモリー以下やんけ!
なにに使うんや、んなもん!!」


と思ったあなた。

今の恵まれている環境に感謝しましょう。

まぁとにかく、
この時代、日本で一番売れたNECのベストセラーパソコンが
98シリーズなのです。


さて、思いっきり話がそれました。
話を進めましょう。

小学生時代、
そのパソコンを祖父のお下がりで貰った僕は
(祖父はものすごく新しいもの好きなのです。すぐに買い換えるので、古いのが余っていたのだ。)
ひたすらゲームに熱中していました。

このとき一つ悩みがありました。

それは、友達が同じゲームを持っていないということ。

ファミコンブームだから?それもあります。
(ファミコンは出たばかりの頃で持ってません。)
でも、パソコンを持っている小学生も少数ですがいたのです。

でも、持ってません。
というか
売ってません。

「ばかな!」

小学生の主な話題といえばアニメとゲーム。
そのゲームの話題が多く飛び交う中で、
だれも持っていないゲームの話題をするほど虚しいものはありません。
僕はこのゲームの存在を求めて電気街を徘徊しました。

「祖父よ。あなたは一体どこから買ってきたのですか!!」

そろそろ答えにいたしましょう。

実は売ってなどいなかった

のです。

それは・・・

祖父が僕に作ってくれた
世界にただ一つのゲームだったから。


なんと、祖父が僕の為にゲームを開発していたのです!!

というのも、この頃の市販ソフトはあまり出来のいいものがなく、
自分でソフトを開発して利用する人が大勢いました。
今と違って、
パソコンを使える人=ソフトが使える人
ではなく、
パソコンを使える人=ソフトを作れる人
というのが一般的な見方だったのです。

祖父もパソコンを使える人の一人でした。
その祖父が、当時パソコンゲームは高かった(今もだけど。)ので、
自分で作って孫にあげていたのです。

その時はまさか祖父がゲームなんて作れるわけがない。
と思っていたので、

ゲームのない僕のためにゲームを作ってくれていた。

という事実を知り、ものすごいショックと感動を受けました。
(実は母もこの製作に協力していたらしい。なんてハイテクな親子だ。)


母さんが夜なべをして手袋をあんでくれた・・・


生やさしいです。


とにかく感動しました。
それからというものパソコンをしている時の祖父の姿は
とてもかっこよく凛々しい姿に映りました。

「将来僕はパソコンを使いこなしてやる!!
じっちゃんの名のもとに!!!」


そう思えるくらい、
パソコンを使える男というものに、
多大なる憧れをもつようになっていったのです。

そしてしばらくし、祖父は亡くなりました。
僕にパソコンという思いを託して・・・




嘘です。
生きてます。

あ、怒りました?(^^;


祖父は今でも元気にやっています。
年金生活で暇なのでひたすらパソコンをやっています。
ソニーのVAIOをおもちゃにしながら。

おじいちゃん。
これからも元気にパソコンライフに励んでくださいませ。
でも、ネット代と電気代でおばあちゃんを泣かすなよ。
二人ともいつまでもお幸せに〜。
ネタにしてごめんよ。


それにしても死ぬなんて、
嘘でも書きたくない落ちだったなぁ〜。ふぅ。

「だったら書くな。」

あぅ〜ごめんなさい。・・・反省。

え〜と・・・もうちょっとだけ続けます。


それから、中学を卒業するまで間、
祖父のお古パソコンを貰いつづけました。

パソコンの知識もそれなりについてきた僕は、
高校に入ったらパソコンに燃えよう!!と決めていました。

祖父に近づくために。


そこで見つけたのがコンピュータークラブだったのです。


なにがしたいのか?

もちろんゲーム作りです!」


「物語をつくる。」という思いはどこへいったのか?

もちろんバリバリあります!!」


演技は続けないのか??

・・・・・・・・・どうしよう。」


とにかく僕は新しい夢へと走りだしたのです。

物語を作る夢と、ゲームを作る夢。

そう。


自分の作った物語でゲーム(RPG)を作る。

という夢へと。




・・・え?CDドラマを作る話はまだかって?
もうちょっとですってば。
なに?これ後編だから終わるんじゃないのかって?
・・・あ、ほんとだ。

という訳で、
ここまで読んでくれて本当にありがとう!!

次回、「なぜCDドラマを作る?」(完結編)をお送りいたします!(笑)



(ふぅ、強引だなぁ・・・今度からちゃんと話数考えよっと。)



なぜにCDドラマを作る?(完結編)

さて。

絵、音楽、演劇と、
次々と夢を変えていく浮気性の僕の新たなる夢は、
パソコンゲームへと移っていきます。

それでは、高校時代いってみよう!


高校に入りパソコンクラブに入部した僕は、
早速ゲーム作りへと着手することに。

もちろん目指すは

RPG。

ん?RPGって何?
ん〜、ドラクエって聞いたことありませんか?
聞いたことがないなら周りに聞いてみましょう。
まぁ、そういうゲームです。
(うわ、適当だ・・・ごめん。)

そのゲームを作るにはあらゆる準備が必要になります。
ゲームは音と絵で作られているのは知ってますよね。

音は効果音や音楽。絵はキャラクターや背景。
それらがプログラムと呼ばれるパソコンの言葉で動き、
これらにストーリーを加えてゲームが完成します。

はっきりいってこれらをすべて一人で行うのは至難の業です。
というのも前準備が非常に大変なのです。

まず絵を描くためのソフトの開発。
次ぎに、作曲するためのソフトの開発。
そして、シナリオを書くため(キャラのセリフとか)のソフトの開発。
マップを作るためのソフトの開発・・・etc

これが完成して、
初めて絵を描いたり、曲を作ったりできるのです。

そこからようやく、ゲーム作り。
戦闘シーンや、キャラの動き、装備やステータスなどのシステム開発・・・
も〜、大変なのです。

もちろん僕はこのことをふまえてRPGの開発を・・・してませんでした。

タイトルをニヤニヤしながら考えたり、
武器はこんなのがかっこいいなぁ〜とか想像しては喜んでいたのです。

「よし!いける!これで俺はゲーム王だ!!!」

バカです。

もちろん・・・

「うわ〜!!曲どうやって作るんだ??
あ!!このゲーム、セーブできないじゃん!!しまったぁ!!!」

こうなります。

まぁ、これだけのプログラムが作れるようになるのに、
すでに2年の月日が流れ、3年生になっていましたが。

「いったいどうしてできないんだぁぁ!!!!!!!」

答えは簡単です。

全体の計画や管理がまったくできていないからです。

「え?そうなの?」

はい。

「ならば、完璧な計画を練ってやる!!
みてろ貴様!!」


いや、僕に言われてもねぇ〜。

ま、とにかく第1弾のRPG製作が挫折に終わりました。

「うるせぇ!!」

はいはい。

さて、第1弾の失敗を参考に、
僕は初めて

組織

というものを作ります。

演劇部のころは、台本どうり演じていれば良かったので、
あんまり組織としては考えたことがありませんでした。

それにどちらかというと、
一人ですべてこなしたい!という性格なのです。

こんな僕が組織(ゲームスタッフ)を作るというのは、
かなり異例なことなのです。

このとき僕はこのクラブの部長になっていました。
いままでは飾りの部長でいいと思っていましたが、
この時は違いました。

RPG製作班を作り、適材適所の役割分担と、
綿密なスケジュール作りを行ったのです。

人に説明しながら作るという作業は非常に大変でした。
が、本来一人では1年以上かかるような作業を、
3ヶ月程度でこなすことができたのです。

「こ・・・これぞ組織力!!アニマスピリチア!!」

・・・・・・。
いろいろとアクシデントやトラブルはありましたが、
組織のすごさというものを初めて実感したのがこの時でした。
いや、それよりも、

みんなで作るということの楽しさを肌で感じられたこと。

が、一番の体験だったかもしれません。

え?目標の「物語を作る」ことはできたのか?

実は適材適所の段階で、
シナリオは別の人に頼みました。

はっきりいって悔しいという気持ちはありましたが、
相手の良い部分を理解し活用することこそ、
管理するという立場において、
最優先するべきことだと思ったからです。

結局、僕は作曲ソフトの開発と作曲を行いました。

では、いい作品がつくれたのか。

いいえ。

文化祭に間に合わせることはできませんでした。
スケジュールの先読みの失敗が主な原因でした。

主人公が町を歩き、
外に出て、敵と戦い、次の目的地へと旅立つ・・・
完成している部分はそれだけです。
でもせっかく作ったので、
文化祭には未完成ながら、
そのまま出展しました。

このとき印象深かったのは、
小さな子供が部屋に入ってきて、
僕達の作ったRPGで遊んでくれたことです。
主人公が子供の動かす指で、町をぐるぐると歩いていました。
その子供の顔を見ると、
笑顔だったのです。

これだけで十分でした。

エンターティーメントという世界の作り手にとっての一番の報酬は、
お金でもなく、暇でもなく、

楽しんでもらえる。

ということです。

本気でそう思えました。
もちろん今でもそうです。

メンバーを集い、CDドラマを作ろうと思ったのも、
この一連の体験がなかったら実現していなかったかもしれません。

演劇部同様、この時のメンバー達に感謝です。

ちなみに、このパソコンへの執着心のおかげで、
高校卒業後、職にありつけることが出来ました。

ある印刷会社でMacオペレーターとして働いています。
小さい頃の夢が一つ実現したのです。

では、もう一つの夢、

物語を作る

はどうなったのでしょう。

というか、CDドラマ作りの話にいつになったら繋がるのでしょうか。

なになに?完結編じゃなかったのか?

あ、そうですね。

では、

次回!!「なぜにCDドラマを作る?(復活編)」お楽しみに!!

なぜにCDドラマを作る?(復活編)

では、そろそろ本題に入っていきましょう。

高校在学中、
僕とJUNが日本橋の電気街を徘徊していたときのこと。

「JUNよ。この電気街をみてどう思う。」

「ふん・・・所詮は人が人の為に作った楽園だ。」

「そうだ。自然から独立したつもりになっている人間の象徴にすぎない。」

「はぁ・・・しかし人はなんと愚かなのだ。
自然と共存することを考えず、自然を支配しようとする。」


「まったくその通りだ。
結果は目に見えているというのにな。」


「機械と電気に溢れた町・・・はは。なんとも滑稽な姿じゃないか。」

「これだから人間は・・・・・・あ、新しいパソコンが出てる。」

「えっ!?どこどこ!?お!!PC98のメイトシリーズじゃん!!」

「みろよ。CPU66Mhzだぜ。」

「すっげぇ!!」

「まさに、科学の勝利だね!!」

「うん!!科学バンザイ!!」


う〜ん。マニアックな奴ら。

え?どこが本題かって?
もう、奥さん。
これからですってば。

なんてことを話しているところに、
中学時代の演劇部の先輩に偶然出会ったのである。

「おぉ、JUN君に航介君。ひさしぶり〜!」

「あ、先輩。ご無沙汰してま〜す。」

「とういうわけで話があるんだが。」

「どういうわけやねん!!」

「・・・えっと、話ってなんですか?」

「実はな・・・演劇サークルを作ろうと考えているんだが、
航介君もメンバーに入らないかね。」

「演劇ですか?面白そうですねぇ。」

「JUN君はどうだい?」

「ふっ、僕と先輩の仲じゃないですか。
ケーキ4コで手を打ちますよ。」


「・・・・・この私におごれと?」

「僕の音響技術を提供するんだ。安いもんでしょう?先輩〜?」

「うわ・・・交渉してる・・」

「っく!!こうなったら仕方がない。2コでどうだ!!」

「ふふ。まったく一筋縄ではいかないお方だ。
3コで手を打ちましょう。


「えーーいっ!!乗ったぁ!!」

「わ〜い!!ケ〜キ!ケ〜キ!!嬉しいなぁ〜!!」

「・・・・・・こいつ、すげぇ・・・」


こうして僕とJUNは
先輩の作り出した演劇サークルへと入会します。

「しかし、これは願ってもないチャンス!!」

そう。
「物語を作る」という夢に、
一つの道ができたのです。


「始まったな。JUN。」

「あぁ、すべてはこれからだ。」

それぞれ違う高校に入って以来の
迷コンビ復活の瞬間でした。

さてさて。
しばらくして初顔合わせの時がきます。

そのメンバーの中に
体験入会者としてやってきた
彼女の顔がありました。

現在にゅ〜くる〜ずで
「笑いの止まらない天然娘」の名を欲しいままにしている
Maiです。

このとき僕ら二人は
メンバーの人間関係を把握するため
猫を被りながら観察をしていました。

「始めまして。Maiです。よろしくね。」

「にゃぁ、にゃぁ、ごろごろ」

「はにゃ〜ん。うにゃ!」

「なにこの猫!気持ち悪〜い!!」

人面猫A、Bが現れた。
勇者Maiは逃げ出した。


「うにゃうにゃ!!」

「な〜ごな〜ご!!!」

しかし、回り込まれてしまった。

「だれか助けて〜!!!!」


ふぅ。あのときは楽しかったなぁ。JUN。

(JUN:おい。んなことやってねぇだろ。)

あ、バレた?

実はこの時のMaiを
あまりよく覚えてないんです。
(ごめんMai(^^;)

記憶にあるのは、
あまり話をしない、おとなしい子。
という印象だけです。
(注:実物はよく喋ります。(笑))

というのも彼女は体験入会後、
サークルには顔を出さなかったのです。

彼女が正式にメンバー入りするのは
このときからなんと2年後のこと。

でも、出会いって不思議ですねぇ〜。

まさか「にゅ〜くる〜ず」結成に欠かせない一人になろうとは、
まったく思いもしませんでしたから。

それでは次回、さらなるメンバーとの出会いへと話は進みます。


「なぜにCDドラマを作る?」(誕生編)お楽しみに!!


なぜにCDドラマを作る?(誕生編)

それでは、次に出会ったメンバー。
コーヘイについて語りたいと思います。

長身で悩み多き男。コーヘイ。

彼との出会いはパソコン通信から始まります。

パソコン通信とは、
モデムを使って他のパソコンとをつなぎデータを交換しあうことを言います。

「なんだ。インターネットと一緒じゃん。」

う〜ん。非常に良く似ていますが違うものなんですねぇ。

みなさん。
インターネットにつなぐ時はプロパイダーとつなぎますよね。
インターネットとはこのプロパイダー同士が
専用線で繋がっていることで、
お互いのプロパイダーの加入者同士が、
メールを交換したりHPを見たりできるんです。
(細かいことは省きます)

パソコン通信は専用線が繋がっていないプロパイダーとでも思ってください。

「え?じゃぁどこに繋がってるの?」

ですから繋がってないんです。

「じゃぁ、そこのプロパイダーに繋いでいる者同士しか通信できないの?」


はい。そうなんです。

「寂しいね。」

はい。寂しいです・・。
って、そういうものなんですってば!!

まぁそういったものをパソコン通信と呼んでいたんですね。


さて。

このパソコン通信は、
お金を払って利用するタイプの商用ネットと、
個人が無料で運営しているタイプの草の根ネットに、
大きく2つにわかれていました。

僕が利用していたのは後者の草の根ネットと呼ばれるものです。

草の根ネットは日本中に何百と存在していました。
それぞれのネットは繋がれておらず、
ネットの運営者が独自のルールで行っていたんですね。

その中の一つに、
大阪でV−MAXさんという方が趣味で運営されていた
我賀心ネット
という草の根ネットがあったのです。

この我賀心ネットは草の根の中では規模が大きい方で、
1000人を超える加入者がいました。
チャットも毎日のように人が集まり、
すごい賑わいをみせていたのです。

もちろんOFF会もありました。
運営者であるV−MAXさんが自分の家を提供して
毎週行われていたのです。

そう。

コーヘイと出会ったのはこのOFF会なんです。

「どうも初めまして!!航介といいます!!」
(本当はハンドルネームとよばれるペンネームみたいな名前で呼びあってます。)

「JUNで〜す!!」

「コーヘイで〜す!!僕、林原めぐみさん大好きなんですよ。」

「え?そうなの?僕も好きだよ〜!!」

「わても〜!!!」

ってな具合に、
声優という共通ネタから交流が始まったんですね。

そしてしばらくたってコーヘイが、

「なぁ、俺声優目指そうと思うんだけど、
どこか勉強できるところしらない?」


と、JUNに相談をもちかけたんです。

「それなら、僕と航介が参加してる
演劇サークルがあるからやってみない?
発声練習とかやってるからいい勉強になると思うよ。な。航介。


「ふふふ、我らサークルは厳しいぞ。

はたしてコーヘイについていけるかなぁ?」


「そ・・・そんなに厳しいのか??(汗)」

「いや、月に一度ミーティングやってるだけ。」

「あ、こら。バラしたら面白くないじゃん!!」

「な〜んだ。
まぁ他にあてもないから入ってみようかな。」

といういきさつで入ることに。
早速サークルのリーダーにかけあってみたらOKとのこと。
これでコーヘイは僕達と同じ道をたどる事になったのです。

ちなみに「まいど〜る番長」のジャケットデザインをしてくださっている
M☆M君もこのパソ通で知り合ってるんですね。

この僕達の出会いの場である、和賀心ネット。

実は今は運営されていません。

え?なぜかって?

インターネットの時代に移るに従って、
あらゆる草の根ネットが旗を降ろしました。
和賀心ネットも時代に逆らうことなく、その役目を終えたのです。

僕達に出会いの場を与えてくれた和賀心ネットの
創設者であり運営者であった
V−MAXさんに感謝です。

(このまえ顔を出したらとても元気でした。いつまでもお元気で!!)

さて、次はとの出会いです!!

次回「なぜにCDドラマを作る?」(胎動編)お楽しみに!!




なぜにCDドラマを作る?(胎動編)

暁(あきら)との出会い。

それは演劇サークルに入ってから1年と少したった頃のこと。

はっきりいってこの間、
演劇サークルらしい練習はほとんどありませんでした。

というか、月に一度の集まりで何をしようというのでしょう。
やっていたのはひたすらミーティング

演劇をするための予算だとか、
劇と劇との間にバンド演奏がほしいとか。

言ってることは凄そうなんだけど、
どうも実現性に欠ける、机上の空論って感じの内容でした。

これが1年間つづいたのです。

さすがに僕もJUNも痺れをきらしていました。


「いったいいつになったら演劇できるんやろ。」

「無理ちゃう?」

「んな身もフタもないことを・・・」

「それより人間関係の方をどうにかせななぁ。」

「うん。それはいえる。」



そう。

人間関係

サークルを作る上で非常に気を使わなければいけない、
重要な部分ですね。

ミーティングで終わってしまう活動内容も問題ですが、
人間関係が悪い方へと行くほど困ったことはありません。

結果的に、このサークルは内部分裂へと向かっていきます。

内容は、演劇を真剣にやりたい派と、
単にお祭り的に楽しみたい派との戦いでした。


「戦ってるなぁ。」

「戦ってるねぇ。」



この間、僕達はカヤの外にいました。
争いを好まない素晴らしい生き物だからです。

っていうのはウソで、ただ単に入り込む余地がなかっただけです。
はい。

当然というかなんというか、
真剣にやりたい派が勝利を収めます。
敗れた楽しみたい派はサークルから外れることになりました。

長いものにまかれる僕達としては、
もちろん真剣にやりたい派にすがることになります。(笑)

というか、早く作品を作りたくてしょうがなかったんですね。

さて。

この1年戦争(^^;)のあと、
何人かの新しいメンバーがサークルへと入ってきました。

その中に今回の主人公である
彼女の姿があったのです。

「初めまして。暁です。」

かわいらしい声の主が、
リーダーの部屋にちょこんと座って挨拶をしてきました。

(おとなしそうな小柄の女の子だなぁ)

これが第一印象です。

少しして
交流会ということでカラオケに行きました。

(この子はどんな歌を歌うんだろう。)

ちょっと興味津々に彼女の見ていた本をのぞきます。

(ほほう。アニメのマク○スの欄を見ているなぁ。
ということは、「愛・○ぼえていますか」だな。うんうん。)


僕はゆっくり彼女の番を待ちます。
そして彼女がマイクを握りました。

そして画面に「愛・○ぼえていますか」の字が・・・

・・・でてきません。

「俺の歌を聴け!!!うぉぉぉぉぉ!!!!」

代わりに、
どこからか雄叫びが聞こえてきます。

「なんだろう。このカッコいい雄叫びは。」

静かに回りを見渡します。
マイクを持っているのは彼女だけ。

「え?・・・まさか。」

そして視線を前に戻します。
画面に大きく出たタイトル。
それは

「と・・・突撃ラブ○ート!?!?」

はい。
この頃TVで流行ってたアニメ。
マク○スの続編、マク○ス7の挿入歌。
叫び系の熱いボーカルが素敵な歌です。

「○ッツゴー!!突き抜けようぜ!!!!」

なんと彼女が女の子から、
熱い心を持った熱気暁へと変身していたのでした。

もはやさっきまでの印象はどこにもありません。

そんな僕の驚きとは関係なく、
彼女はつぎつぎと歌を披露します。


「ブレ○トファイヤー!!!!!」

「○ッターーー!!!!」

「燃やせ!体の○まで!!!!」



ひたすら叫びます。
しかも歌いこなしています。

熱気暁の顔をみると、
さわやかな笑顔に歯が光っていました。

キラーン!!

「おぉ・・・これぞヒーロー!!!!」

こっちににまで熱い心が伝わってきます!!

そして歌い終わった彼女が
変身を解いて話しかけてきました。
さっきまでのかわいらしい声で。

「あの、歌って欲しい歌があるんですけど・・・」

「ん?なに?」

ミスチルか?チャゲアスか?
どきどき!!

「ドカベン。」

・・・・・・・・・。

ちゅど〜〜〜ん!!!!

「な?・・・なぜにドカベン・・・??」

「好きなんです〜。」

「そ・・・そう。じゃ、歌わせていただきます。」

「わ〜い!お願いしま〜す!」

(こ・・・この子はきっと大物になるそ・・・)

と思いつつ、
うろおぼえのメロディーを必死に思い出しながら、
JUNと一緒に歌うことになりました。

ちゃんちゃん♪

(暁:おい。リーダーも叫びまくってただろ!!)
(航介:いやまぁ、今回は暁の話ってことで。ね。)
(暁:くそっ!覚えてろよ!!)
(航介:まぁまぁ。)


しかし、いろんな意味で衝撃的な出会いでした。
あれからしばらくして、
変身した方の暁が本物だと気付いたんですよね〜。(笑)
あれからもう4年もたつんだなぁ。
う〜ん。早い。

ってことで次の出会いは
なみです。

次回「なぜにCDドラマを作る?」(激闘編)お楽しみに!!

(もはやサブタイトルの意味はないなぁ(^^;)



なぜにCDドラマを作る?(激闘編)


今回は、
にゅ〜くるCDドラマ第一弾「まいど〜る番長」で
平谷名菜役を演じてくれたメンバー、
なみ
との出会いに迫ってみましょう!!

暁との出会いからしばらくたち、
時は冬に。

この日サークルのメンバーが、
仕事にもいかずに意味なく集まっていたときのこと。
(正月休みで暇だったりする。)

「ねぇJUN。今からなみちゃんが来るんだって」

「おぉ!なみちゃん来るんや〜!!」

「だれ?なみちゃんって。」

「なに!?航介、お前知らないのか!!??」

「いや、会ったことないし。」

「ならば教えてやろう!!

なみの
とは奈良漬!!

なみの
とはミルク金時だ!!!」

「それで?」

合わせて奈良漬ミルク金時!!!」


「・・・・・・・・・。」

「なるほど。マズそうだな。」

「・・・つっこめよ。」


とかいってる間に、玄関から女性の声が。

「お邪魔しま〜す。(^^)」

長い髪をなびかせて、
笑顔で登場した彼女こそが、
なみであった。

「始めまして。なみです。(^^)」

丁寧な口調でお辞儀をして、
部屋に入ってくる。

「へぇ〜、なんて良く出来た子なんだ。」

「さすがはご主人様。」

「あぁ、さすがはご主人・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

「ふっ、まぁ見ていれば分かる。」


それからしばらくたち、
メンバーも馴染んできたある日、

練習中、演技のこだわり違いなどで、
もめたりすることがありました。

「ここはこうじゃない!!

「そういうお前こそ、こうしたらええんちゃうか!?」

「じゃぁ、みんなに聞いてみようや!!!!」

「おう!!どっちや!?!?」

「え?あ・・・いや、どっちでもいいと思う・・・」

「私も・・・」


はぁ、さてどうしたものか・・・
こういうときは嵐が去るのを待つのがいい。
あ、でも今発言したらカッコいいかも。
う〜ん。どうしよう・・・

と、どうでもいい思考を巡らせていたとき、
となりからボソっと、

「文句いわずに、まずやってみようね。(^^)」

長い髪をなびかせ、
笑顔でサラっと言い放つ女性。
その名はなみ


一瞬の沈黙。


とはいえ、
その程度で収まるような修羅場ではない。

演技に関してはそれぞれの考えかたがある。
簡単に曲げられるようなものではないのだ。

「はい。もちろん!」

「がんばります!」


そう、曲げられるような・・・
って、おぉう!?

「ばかな・・・・これは・・・絶対服従!?」

「そうだ。この世でご主人様に逆らえるものはいない。
たとえそれが神であったとしてもだ。」

「これが・・・なみ。」


笑顔でサクッ!!

これが彼女の必殺技なのである。
これを受けたものは服従する以外に選択肢はないのだ。

「よけいなこと書かないようにね。(^^)」

さくぅぅぅ!!!

・・・・・・了解しました。

小柄で、大人しくて、すべてを冷静に判断し、笑顔でサク・・・
あ、いやいや・・・え〜っと・・・

え〜、こんなイメージ?が先行していた彼女ではありましたが、
実はかなり行動的だったりします。

自他ともに認める
GLAYのファンであるなみは、
ある日、GLAY4人の写真が車体に
大きく描いてあるバス(トラック?)を見かけました。

「あれは・・・」

信号が青に変わり、
バスはそのまま走りさっていきます。

「・・・逃がさない。」

一言そういうと、

なみは奥歯にある加速スイッチをオンに!

町ゆく人々、

「あれはなんだ!?」

「サイボーグ0○9か!?」

「いや、ヌクヌクだ!!」

「ちがう、
なみちゃんだ〜〜〜!!!」

みるみる間にバスに追いつく彼女。

間髪いれずに、カバンから銃を・・・いや、カメラを取り出す。

「捕獲。」

カシャ!!

「おぉ!!!」

バスの撮影に成功!!

そっとカメラをカバンになおす。
そして、なにごともなかったかのように、
歩き出すのであった・・・。


(なみ:・・・信号が赤だから追いついただけじゃない。)

(航介:そ、そ〜なんだけどこう書いた方が面白いかな〜〜
なんて。ははは・・・(汗))



このあと、
サークルのメンバーにこのことを楽しそうに話す姿が、
とっても印象的でした。


な、なんか今回比喩的な表現だけで全部書いてしまったような(^^;

・・・まぁいいか。


さて、

いよいよこのシリーズも、
CDドラマを作るという核心へと向かっていきます。

次回「なぜにCDドラマを作る?」(激突編)お楽しみに!!




なぜにCDドラマを作る?(激突編)

・・・もはやサブタイトルの意味はまったくありません。(爆)

とりあえず今までの流れを整理してみましょう。
(自分で何書いたか分からなくなっていたりして・・・(^^;)


小学校の時物語を作るのが好きマンガクラブに入る
しかし絵がヘタだったことに気づく。(泣)

動きで物語を表現しようと、中学の時演劇部に入る
(音響JUN、演技航介の始まり。)
しかし演技を楽しむことはできたが物語を作る夢はかなわず。(泣)

路線を変更し、前から好きだったパソコンを楽しむため、
高校の時パソコンクラブに入る
そこでゲーム作りを行ううちに、
みんなで作るという楽しさを覚える。(嬉)

高校在学中、中学の頃の先輩に誘われ、
演劇サークルに入部

就職してからも演劇サークルを続ける中、
にゅ〜くる〜ずの基盤となるメンバー達との出会い
(コーヘイ、Mai、暁、なみ・・・)


と、ここまでが今までのあらすじです。


さて。

次はかゆことの出会い。

にゅ〜くる〜ず結成1年後に入ってきたスーパーガール。
よく食べ、よく歌い、よく笑う!!

その名は
かゆこ

詳しくはプロフを見ていただくとして、

さて。

一体どこで知り合ったのか。


実はMai、暁、なみ達とほぼ同時期に
演劇サークルで出会っていたんです。

かゆこはいまでこそ「食べる」というイメージが先行していますが、

出会った当時の
かゆこは極度の拒食症で
練習の時しょっちゅう貧血をおこしては倒れ、

「だめ。私もう演技できない・・・栄養失調だわ。」

「な、なにを言うんだ!言ったじゃないか!!
最後まであきらめないって!!」

「だって・・・栄養がないんだもの。」

「ばか!!栄養に頼ってばかりでどうする!!

・・・お前には命があるじゃないか。
命を育むためにはなにが必要だと思う?」


「だから栄養・・・」


「愛だ!!!」



「え?」


「愛があるからこそ命は育つんだ。
お前の愛はそんなものだったのか!?
そんなことで人々を感動させられると
本気で思っていたのか!?!?」


「・・・・・・ごめんなさい。
私が間違っていたわ。
私がんばる!!」

「よし!!それでこそかゆこだぁ!!!(号泣)」



かゆこ:「・・・なんや。この文章は?」

航介:「え・・・いや、手が勝手に・・・(汗)」

かゆこ:「普通に書け。普通に。」

航介:「あいあいさ〜・・・」



え〜・・・ごめんなさい。

まったくの嘘です。


彼女は当時から非常に元気な女性です。
貧血なんて聞いたことありません。

どちらかというと献血が似合います。


かゆこ:「な〜。もうちょっといいこと書いてや。」
航介:「こ、ここからがいいんよ。」
かゆこ:「ふ〜ん。(-.-)」
航介:「・・・(^^;」


・・・気をとりなおして、

やっぱりかゆこといえば、
これだけは絶対に外せません。


それは・・・
先ほどもちょこっと書きましたが、

「食べること。」

とにかくなんでもおいしそうに食べるんです。
どれくらいおいしそうに食べるかというと、

通りすがりのアンパンマンが

「僕のアンパンを食べなよ。(^)0(^)」


と一言も言ってないのに、
いきなり襲いかかって

「ん〜〜!おいし〜ぃ!!(^-^)」

と全部食べてしまいそうなほど。

いや、こんなものではありません。

さらにジャムおじさんがスペアの顔を持ってきて
アンパンマンに投げつけたところを
すかさず、

スーパーダイビングキャッチ!!

「この俺にエリア外からの
シュートは通用しないぜ!」


と、ドイツに行ってしまった南葛キーパーばりのセリフを言い放ち、

ジャム:「くそっ!!」

チーズ:「日向さん・・・」

と言ったかどうかは知らないが
焼きたてホヤホヤの新しい顔は、みるみるうちにかゆこの胃袋へ!!

「ん〜!!もっちりしててさいこ〜!!(^-^)」

おっと、かゆこかなり満足した様子。
それにしてもアンパンマンの顔は大きい。
そんなに食べて大丈夫なのか。

「アンパンは別腹なの。(^-^)」

なるほど。
どうりで腹が出てると思っ・・・

バキっ!!!!!


・・・え〜、不適切な言葉があったことをお詫び申し上げます。



かゆこ:「なにがしたいん?」
航介:「文章の暴走を表現してみました・・・。」
かゆこ:「ま、期待はしてなかったけどね。」

航介:「あ、やっぱり?(^^;」


まぁこんな感じのかゆこ

遊ぶときはよく遊び、
練習(演技)の時は真剣そのもの。
イキイキした大人の女性。
でも実は子供。

(まとまってないなぁ〜。(^^;)

その安定した声質と演技、
キャラクターのイメージから評価して、
次回作(02/2/1現在)では主人公を演じてもらうことに。(^^)!!

読んでくれているあなた。
ぜひぜひ応援してあげてくださいな!


ってなわけで。
え〜、少しはイメージしていただけたでしょうか?(笑)


さて、
ここ数話、メンバーとの出会いを書いてきましたが、
演劇サークル時代に出会ったメンバーはこれで全員。

(実はもっと前から会っていた人もいたりしますが、
それはまたのちほど・・・(^^))


いよいよ運命のにゅ〜くる〜ず誕生の話へと入っていきます。


次回「なぜにCDドラマを作る?」(新星編)お楽しみに!!



なぜにCDドラマを作る?(新星編)


新たに演劇サークルに集まってきた、

コーヘイ、暁、Mai、なみ、かゆこ。

前にこのサークルで1年戦争(苦笑)があったと書きましたが、

この5人を含む新メンバーがそろってからは、
今から思えば黄金期といっていい時代の幕開けでした。

滑舌(かつぜつ)と呼ばれる
舌の動きを滑らかにする練習や、
イントネーションや抑揚などの、
文章を魅力的に聞かせるためのテクニックなどの練習を
毎週集まっては全員で取り組む姿は、
1年戦争時代からは想像もできないすばらしいものでした。

そしてある程度の練習を積んだ僕達は
ついにお芝居の練習へと突入!!


・・・するはずだったのですが、
ここでちょっと面白そうな企画が浮上してきたのです。

そう。

CDドラマを作るという企画が!!


この企画の中心にいたのはJUN。
彼は高校を卒業したあと音響系の専門学校に入り、
本格的に音響技術を勉強していたのです。

JUNの協力があればCDドラマができると知った先輩は、
本格的に製作することを決めます。

それを知った僕は、

「そのCDは売るんですか?」

先輩「売るよ〜。」

「なにぃ〜!・・・売るということは、
僕はCDデビューを果たすということか。
素晴らしい
・・・
素晴らしすぎる!!!」


ちょっと勘違いした妄想壁に酔いしれながらも、
僕は決意を固めます。

絶対この企画成功させてやると!!



しばらくして先輩の脚本が完成し、
実際にCDドラマ制作がスタートします。

音響をJUN。
作曲のできる僕は音楽を担当し、
2人を含む全員が役者参加。

みんな初めての企画に目を輝かせながら、
完成を夢見て取り組んでいきました。


その製作作業は僕にとって非常に貴重な体験でした。


声だけで演技を行う難しさと楽しさ。

先輩の出す指示と自分の理解力とのギャップ。

CDドラマにおける音楽と効果音の重要性。

そして編集するときのプラモデル作りのような楽しさと辛さ。

なにより真剣に取り組むからこそぶつかり合う意見。


どれもが楽しく、そして辛く、とても幸せな数ヶ月でした。
そして約1年を通してようやく完成を迎えることになります。





・・・いえ、本当の意味での完成はしませんでした


先輩が求めるクオリティーに、
役者陣の演技力がついていかなかったためです。

あと編集を残して完成というところまできて、
先輩はクオリティーの低さに放棄気味。

先輩のいう演技のクオリティーの低さは、
僕にも充分理解できるものでしたが、
僕はここまで頑張ってきて自然崩壊というのは
とても納得できません。

JUNと一緒に先輩のところに行き、
どういう演出がしたかったのかを聞き出しながら、
独自に編集作業を進めることに。


「この部分はここから曲入った方がええんちゃうか?」

「いや、先輩のイメージはこっちやと思うで。」


演出家不在の編集作業は困難を極めます。

ほとんどの部分を僕とJUNで考えるという状況に、
苛立ちと憤りを感じながらも製作を進めていきました。


しばらくたち、この作品は完成します。


しかし完成したにも関わらず、
あまり嬉しくはありませんでした。


完成させたことが果たしてよかったのか・・・
それともあの段階で諦めてすぐに次の作品に取り掛かるべきだったのか・・・

僕は完成することに意味があると信じ完成させる方を選びましたが、
その原動力になったのは、
事実上放棄した先輩に対する反抗心からでした。


反抗心から作られた作品・・・

完成したその日、僕は空しさでいっぱいでした。


結局、初のオリジナル作品は、
完成はしたものの世にでることはありませんでした。


しかし、ここで得られた体験はその後の僕の活動にとって
非常に大きな経験になったことは間違いありません。





ふぅ・・・ちょっと僕にしてはマジに書いちゃいましたね。(^^;

でも、ここからにゅ〜くる〜ずが誕生するまでの経緯は
どうしてもマジにならないと書けない部分が多いんですよ。

ですので、みなさん。

がんばってついてきてください!


さて。

このサークルで体験したことはまだまだあります。



その頃さらにもう一つの企画があったんです

サークルメンバーを数人のグループに分け、
グループごとに演劇を発表するという企画です。



僕はこの企画を聞いたとき、
小学生の頃からずっと思い続けていたことを
脳裏に浮かべます。

そう。

物語を作るという夢を!!


前回のCDドラマ製作では先輩が脚本を書いていたので、
物語を作るということはできませんでした。

だがしかし!!

グループ分けをするということは、
先輩と違うグループに入れば
僕が脚本を書けるかもしれないのです。


僕はメンバーも決まらないうちから、
頭の中で物語を想像し始めていました。


「これが・・・こうなって・・・ぬふふ・・・えへへ!!」


え〜、想像というよりは妄想といった方がいいかもしれません。(笑)


その妄想の中のキャライメージに合ったメンバーはなみ

さっそくこの2人を獲得しようと電話をしてみることに。


「・・・というようなストーリーでぜひ出て欲しいんやけど・・・どうかな?」

「おう。よろしく〜!」「構わへんよ〜。」


とあっさりOK。

自分の書いた物語が作品になると
約束された瞬間でした。

もう嬉しいのなんのって。
言葉にできないくらい嬉しかったですねぇ。(^^)

この出来事が確かお盆の前あたりで、
お盆に父方の田舎に帰ったときに
ずっと物語を執筆していたのを覚えています。


しばらくして台本が完成し、
毎週3人で集まって練習を積みました。


そして約半年後。

とある体育館の中で規模は小さいながらも、
知り合いを呼んで公演することができました。


ほんとうに幸せでした。

自分の想像(妄想?(笑))していたものが形になり世に発表されている。

それだけですごく嬉しいんですよね。(^^)


今だから思えることだけど、
正直レベルの低い演劇でした。

(当時は世界最高の演劇と思って作ってた(笑))

しかも2人には無理難題を押し付けてしまうところが多々あり、
かなりのダメ監督ぶりを発揮していたと思います。

それでも舞台を最後まで真剣に演じてくれた2人には、
今でもどれだけ感謝してもしきれません。
本当にありがとうです♪




さぁここからが今でも思い出すのがちょっとつらい出来事。

しかしにゅ〜くる誕生を書く以上
ここを省くわけにはいきません。

みなさん。もうちょっとなので
がんっばって読んでくださいね。


グループごとの演劇活動が終了後、

僕はさらなる物語が描きたいと思い、
先輩に相談しにいきました。


「新しい演劇の企画をやりたいんやけど・・・」

「いいよ。やってみたら?」


その企画とは、全メンバーを使って連載劇をするというもの。

毎月1回内部で公演しながら実力を付けて、
最終的には客を呼んで舞台発表をするという計画でした。


メンバーに出演を依頼し、脚本を作り、
練習を積むメンバー。

着々と進んでいたかに見えていた企画は
第一話の公演の前日になって


急遽中止に・・・。





なぜこうなってしまったのか・・・

それはメンバーに出演を依頼したときの企画説明が
うまく行き届いていないことが原因
でした。


その結果、
メンバーに不満が募ってしまいそれが前日になって、
(数週間前からクレームは続いていた。)
僕とメンバー全員がぶつかり合うことになったのです。


これにはさすがにこたえました。


なぜ失敗したのか・・・

どこで失敗したのか・・・

一体どうしたらよかったのか・・・


原因がメンバーへの配慮ということは分かっています。

ただその配慮の仕方がどうにも思いつきません。


僕はその答えを先輩に求めました。

一度、CDドラマ制作で先輩の無気力さに失望はしていたものの、
全メンバーをまとめる実力は認めていました。

とは言ってもそれを直接聞いたわけではありません。

先輩の次の企画を進める中で
勉強させてもらおう
と思ったのです。


先輩の考えた新しい企画とは、
CDドラマの新企画でした。


台本はすでに用意してあり、
第2話、第3話と新しい台本が手渡されました。


そして配役も決定し、
こんどこそCDドラマ製作が順調に行くかと思われました。



しかし、前回同じく先輩は
無気力になっていったのです。


原因はやはりメンバーの演技力不足にあったようでした。


確かにあの時点でのメンバーの演技力では、
あの台本を完璧にこなすことは難しかったかもしれません。


しかし、メンバーの実力がどの程度であるか。

それは育ててきた先輩自身がよく分かっていたことです。

それを見極めた上で脚本と演出を行うことが
前回の失敗をしない最善策であるにも関わらず、

前回以上のクオリティーを求めてきて挫折をするのは
自分勝手すぎるのではないかと感じました。


僕はここから先輩がどうまとめあげるのか
それを見極めようとしました。


しかしいつまでたっても録音日は決まらず、
どうするつもりなのか聞いても、
うまくはぐらかされてしまいます。


はたして本気で作る気があるのか・・・

そんなことでみんなが付いていくと思っているのか・・・


僕の不満は爆発寸前でした。


そんな中、
僕はある決心をしました。

このサークルを脱退し、
僕自身が代表になって

新サークルをつくろうと。



僕は電話ごしに脱退の意思と不満を先輩に告げました。


先輩は不満に関してはなにも語らず、
脱退を認めました・・・。


それが先輩と僕との最後の会話となりました。





電話のあと、
すべてのしがらみから開放されたという開放感と、
仲間を失った空虚感とが混じった不思議な気持ち。

初めて体感する気持ちでした。

その後、
先輩と決別しサークルを脱退したことをメンバーに告げました。

メンバーだれもがビックリしていたのを覚えています。


それからしばらく放心気味に
このサークルにいた4年間のことを考えていました。


演劇部時代からずっとついてきた先輩。

楽しかったメンバーとの思い出。


この先もずっと続くと思っていたその生活から脱退したんだと
あらためて実感していました。


でも、戻りたいとは思いませんでした。

おそらくあのまま残っていたら、
先輩に不満を言い続け、
そのうち完全に喧嘩別れをしていたんじゃないでしょうか。

そう思うとあの時点での脱退の決断は
先輩とぼくにとって良かったように思います。


あれから約3年。

先輩とは一度もお会いしていません。

もともと考え方もやり方も違う先輩と僕。

こうなることは必然だったのかもしれません。


でも先輩。

4年間育てていただいてありがとうございました。

この場を借りてお礼申し上げます。





話は進みます。


・・・脱退して一週間が過ぎたころ。

僕はこれからどう旗揚げをするか考えていました。

メンバー達は演劇サークルに所属しているため、
協力をしてもらうことはできません。

とりあえず新サークルのメンバー募集を行うため、
ビラ作りの案を考えていました。


そのときです。

JUNコーヘイから連絡がありました。


なんと演劇サークルを
彼らも脱退したと言うのです。



僕は一瞬思考がまわりませんでした。

一体あれから演劇サークル内でなにがあったのか。


いや、それよりチャンスだと思いました。
僕は新サークルのことを2人に話しました。

JUNは快く承知してくれました。

僕とJUNが組めばCDドラマ製作は成功したも同然です。
僕は嬉しくて仕方ありませんでした。


コーヘイはといえばこれからしばらくカナダに行くので、
返事は帰ってくるまで待って欲しいとのこと。


とにかくこの時点で僕とJUNのタッグは約束されました。



そしてしばらくして、
Mai、なみ、暁、かゆこ、その他一部のメンバーが
演劇サークルから脱退していきます。




なぜ次々と脱退していくことになったのか・・・。



引き金を引いたのは・・・おそらく僕なのでしょう。

僕は別に演劇サークルをどうこうする気はありませんでした。

でも実際にこうなってしまった原因には
僕の脱退が
引き金になったのは間違いないようです。


僕は脱退したメンバーに次々と声をかけていきました。

Maiは快くOKしてくれました。

なみは少し考えさせて欲しいとのことでしたが、
結成間近になって参加を表明

考える時間が欲しいと返事を貰いました。

かゆこはサークル活動からは離れますと言い残し、
しばらく会わなくなります


さらに、僕の弟であるTAKE
新サークルに参加したいとのこと。

しかもTAKEの友達であるノビまでもが
参加の意思を伝えてきたのです。


そう。

ずっと前から知っていた人物というのはこの2人のことです。

TAKEは当たり前だか生まれたときから知ってるし、
ノビは幼稚園の頃から知っていました。



そして運命の

2000年3月18日。



僕の代表のもと、

JUNMaiなみ、TAKE、ノビ

の5人が集い結成したのが、
今なおCDドラマを作りつづける、

CDドラマサークル

「にゅ〜くる〜ず」


なのでした!!(^^)/


この日から僕と仲間達は

新たなる一歩を

歩み出すことになります!





ここまで読んでいただいたみなさん。
笑いの少ない話で申し訳ないです。

お疲れ様でした&ありがとうございました♪

次回は初めての他サークルとの接触になる、

Jフェスこと

「第1回日本放送劇祭り」との出会いです。

CDドラマを作ることに真剣になった理由の一番は
おそらくここでの体験が関係していることでしょう。

それでは次回お楽しみに!!